前回「予防する医師、産業医のブログへようこそ」という記事で産業医は予防する医師であると書きました。予防医学の基本のキですが、一般にはあまり知られていないため具体的な例を交えて「予防」について解説していきます。
実は幅広く奥深い予防の世界をご覧ください。
予防の考え方は三段階
予防。
多くの方が聞いたことがあり知っている単語だと思います。
でも「病気を防ぐ」以外の「予防」についてご存知の方はそれほど多くないのではないでしょうか。
- 一次予防
- 二次予防
- 三次予防
予防医学の考え方では予防には3つの段階があるとしています。
一次予防
一次予防とは、一般に広く使われる「予防」とほぼ同じです。
病気の原因やリスクを排除、低減することで病気の発症を未然に防ぐことを指します。
その時点で病気ではない人が対象です。
- 適度な運動、バランスの良い食生活
- 十分な休養
- 予防接種
病気になる原因を取り払う、というのは一番根本的な予防方法ですよね。
三種類の予防のうち、一次予防が最も重要だといわれているのはこのためです。
元から断つ。これが大事。
たとえば、2013年にはハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが遺伝子検査を受けたところ乳がんリスクが高かったとして、両方の乳房を切除したことが話題になりました。
切除時点で左右どちらにもがんはなく、完全に健康な状態の乳房だったのにも関わらず、わざわざリスクのある手術を受けて取り去ってしまったのです。
この行為の良し悪しは色々言われているところではありますが、将来がんができるかもしれないところを切り取ってしまう、というのはまさに「元から断つ」一次予防。
アンジェリーナ・ジョリーさんは未来の乳がんのリスクと現在の手術のリスクを天秤にかけて、手術の方がリスクが低い方に賭けたということもできます。
遺伝子検査は保険適用外で非常に高額ですし、現時点で一般の人にお勧めするつもりはありませんが、とてもわかりやすい一次予防の例としてご紹介しました。
二次予防
二次予防とは、早期発見、早期治療のことです。
一言でいえば、重症化の予防です。
現時点で何らかの病気があるけれど
症状がまだ出ていない人や自分ではまだ気付いていない人が対象です。
- 健康診断
- がん検診
- 人間ドック
からだの中で異常が起きていたとしても、私たち人間は異常をすべて自分で認識できるわけではありません。
自分で気づくからだの異変、辛い、困った症状のことを「自覚症状」といいます。
大抵の病気は、自覚症状が出る前からからだの中に存在しています。
時々、「自分のからだのことは自分が一番よく分かっている」だなんて言う人がいますが、大きな間違いです。
病気がごく軽いうちに全員が自分で気づいてくれるのなら、病院から重症患者の多くはいなくなるでしょう。
自分では健康そのものと思っている時、つまり自覚症状のない時に、からだに異変があるかどうかを調べるのが二次予防です。
そこで見つかった異常の多くは軽症と考えられます。すると治療は簡単にすむ可能性が高くなります。
たとえば胃がん検診で胃カメラを受けた場合、軽い異常であればその場で治療して終わり、というケースだってありうるのです。
病気が進行した後では、長期間入院して全身麻酔で開腹手術を受けて、リハビリして・・・
とても時間も手間もお金もかかりますし、からだの負担も大きくなります。
健康だと思っている時こそ二次予防。覚えておいてください。
三次予防
三次予防とは、再発予防や社会復帰の段階です。
すでに治療されている人(患者)や何らかの障害がある人を対象とします。
- リハビリテーション
- 再発予防のための取り組み
- 社会復帰支援
ここでも胃がんを例にあげてみましょう。
がんと診断された時の進行の程度にもよりますが、一般に、がんは再発のリスクがある病気です。
胃がんなど多くのがんでは最初の治療のあとの5年間が再発するかどうかのひとつの区切りとされています。乳がんでは10年です。
治療が無事に成功したと思っても、その後5年間は再発リスクがあると考えるのが通常なので、再発していないかどうか定期的に検査を受ける必要があります。
また治療やリハビリが長期にわたる場合、仕事などの日常生活とどう折り合いをつけていくか、ということも重要です。
かつては働く人が「がん」と診断されたときに、治療に専念するといって退職してしまうことがよくありました。
しかし、今はがんを治療しながら仕事と両立することができる時代です。
もちろん病気の種類や病状にもよりますが、多くの場合主治医と産業医や職場が連携することで、病気の治療と仕事の両立は可能です。
治療としごとの両立を支えることを「治療と就労の両立支援」といいます。ここ最近の産業医業界のトピックスの一つです。
産業医は予防に取り組む医師
上記ように三段階の予防の中身を見ると、勘のいい人はあることに気づくと思います。
二次予防、三次予防の段階ってすでに病気・・・!
「予防」をキーワードにして、病気にならない方法を知りたい!とこのページにたどり着いた方は、がっかりする内容かもしれません。
お気づきの通り、一次、二次、三次…と段階を追うごとに病気が進行・重症化しています。
特に、生活習慣病やがんなどの病気は放っておけばどんどん悪くなるものです。
これをいかに防ぐか(一次予防)
いかに早く見つけるか(二次予防)
元通りの生活を送れるようにするか(三次予防)というのが予防医学の考え方なのです。
当然早い段階での予防ほど効果が大きく、負担は少ない、ということも言えるでしょう。
実際に不調を実感してから病院を受診すると、予防として打つ手は三次予防になります。
病院で働く医師にとってみれば、すでに悪くなっているところからのスタートです。
- もっと早く病院に来てくれていれば・・・
- 健診や検診でもっと早く見つけていれば・・・
- そもそもこんな病気になる原因を排除していれば・・・
私もかつて病院勤務していた時代には、このようなことをよく考えていました。
予防する医師である産業医になった理由の一つです。
産業医は病院の医師とは違って、企業で働く人の健康を守り支える立場です。
企業で働く人は、病院を受診している患者さんたちと比べると、たいていの場合健康です。
その状態を少しでも長く保っていられるように、産業医がサポートします。
気づいていないだけですでに発症しているような病気がないかどうか、チェックします。
病院は、すでに病気で苦しんでいる患者さんであふれかえっています。
予防の重要性を医師は十二分に承知していますが、目の前の患者さんの苦痛の原因を調べて取り除くことに忙殺されて、一次予防や二次予防の活動には取り組む余裕がほとんどないのが現状です。
病院の外で患者さんを待つ立場の医師だけが医師ではありません。
企業で働く人たちに予防を展開している産業医についても、知ってもらえると嬉しいです。