医師向け

治療と就労の両立支援のために医療機関の医師ができること

虹「治療と就労の両立支援~主治医、臨床医の立場でできること~」

産業医のPOPです。

今回の記事は日ごろ臨床の現場で「がん」をはじめとする様々な疾患の診断や治療にあたっている臨床医の先生方へのメッセージです。

働くがん患者をとりまく状況については、前の記事でデータを示しながら解説していますので、併せてご覧ください。

積み上げた石「がん治療と働くことの両立」
がんと診断されたら?治療と仕事の両立のために知っておきたいこと病気の治療をしながら仕事をしている人はたくさんいます。 病気が「がん」でも生活習慣病でもメンタルヘルス不調でも、仕事と治療を両立するこ...

今後「がん」をはじめとした病気を治療しながら働く人が増えていくことが予想されます。

国も病気の治療と職業生活を両立することを後押しする政策を整えてきています。

この「治療と就労の両立支援」の成否は、主治医の立場となる臨床医の先生方にかかっているといっても過言ではありません。

がん拠点病院など最前線の大病院だけでなく、中小規模の病院や開業クリニックの先生方にもぜひご一読いただき、お力添えをいただきたいのです。

今回は産業医の視点から、できるだけ多くの働く人が「治療」のせいで仕事を諦めないために、臨床医の立場で取り組んでほしいことや意識してほしいことをまとめています。

ここで想定しているのは「企業で雇用されて働く人」です。

先に挙げた関連記事と重複する部分については、改めて強調したいメッセージとして受け止めていただけますと幸いです。

がんと診断するときに心がけてほしいこと

窓の外を眺めるスーツ姿のビジネスマン

まず、目の前の患者さんが「仕事をしているかどうか」を少しだけ意識してください。

「がん」の診断、あるいは「がんの可能性」を告げる際には特に重要です。

私たち医師が思う以上に、非医療職の多くの人にとって「がん」は重いものです。

「がん」と診断されたために仕事を辞める人は34.7%もいます。(平成26年厚労科研山口班「がんの社会学」に関する合同研究より)

しかも2006年から少なくとも10年間はこの割合に変化がありません。

たとえ0期やⅠ期であっても「がん」と診断されるだけで慌てて仕事を辞めてしまう人が多いという事実をまずは知ってください。

しかも離職した人のうち約4割「診断されてから治療が始まるまで」というごく早い段階で離職してしまっています。(厚労科研高橋班2015「離職タイミング多施設調査」より)

それぐらい「がん」の診断は非医療職の人々にとっては衝撃的な出来事だといえるのではないでしょうか。

「確定診断」だけでなく、検診やたまたま体調不良で受診したときに「がんの可能性がある」「もう少し詳しく調べる必要がある」などと告げられた際の離職も見受けられます。

がん拠点病院などの大病院だけでなく中小規模の病院地域の開業医の先生方にもこのメッセージを届けたいと考えているのはそのためです。

20~64歳の働く世代のがん患者は、がん患者全体から見ればおよそ3分の1と少数派です。

そのため臨床医の先生方からすれば、実際に「治療と就労の両立支援」が必要な人は日ごろ接する多くの患者のごく一部にすぎないでしょう。

それでも「本当は働けるし働きたい」という人が「望まない離職」をしてしまっている現状を変えていくには、先生方のお力が必要不可欠です。

若い世代のがんによる離職は社会的損失が大きく、患者自身のその後の人生を大きく変えてしまうことは言うまでもありません。

無用な不幸を生まないためにも、少しでもできることから取り組んでいただけることを強く願っています。

1.「仕事を今すぐに辞める必要はない」と伝える

がんの診断を患者に伝える際に心がけてほしいことの一つは、「仕事を今すぐに辞める必要はない」と明確に伝えること。

状況によっては仕事を辞めざるを得なくなることは当然あるでしょう。

しかしいずれにしろ「疑いから確定診断まで」「診断から治療開始まで」のタイミングで辞める必要性は低いといえます。

早まって離職してしまった場合、生活に困窮したり再就職に困るケースも考えられます。

こうした早すぎる離職によって患者が受ける様々な不利益や苦労を防ぐには、「がんと告げる(可能性レベルの段階を含む)時」の主治医の対応が鍵。

これほど早期に介入できるのは主治医をおいて他にはいません。

患者にがんあるいはその可能性を告げる時から、両立支援は動き出すのです。

2.「仕事のことを相談してもいい」というメッセージを伝える

「がん」と診断されてショックを受けている時に、主治医から「仕事との両立もできる」「相談してもらって構わない」と声をかけてもらえたら、どれほど気持ちが落ち着くことでしょう。

忙しい医師に仕事という自分の社会生活について相談しづらいと考えている人は少なくありません。

実際はがん診療連携拠点病院なら必ず設置してある「がん相談支援センター」が対応することになるかもしれません。

なので一言、「仕事は続けられる」「両立の方法はある」などと伝えていただくだけでもいいと思っています(もちろん病状次第ですが)。

「仕事について家族以外に相談したかった」のに「相談先がわからなかった」ために相談できなかったというがん患者は24.7%(平成26年東京都保健福祉局「がん患者の就労等に関する実態調査」より)

相談先を示していただけるだけでも意味があります。

同保健局の調査によれば、仕事に関する実際の相談先(家族以外)として多かったのは「主治医・専門医」が62.4%、次いで「受診医療機関の看護師」が22.0%、「受診医療機関の相談窓口」が15.6%でした。

相談先として患者が真っ先に思い浮かべて頼るのは、主治医である先生方なのです。

先生方の立場でできること、患者がどこを頼って誰に相談すればいいのか、ぜひ知っておいてください。

3.「がん相談支援センター」があることを伝える

前項の続きですが、相談先として「がん相談支援センター」の存在を働くがん患者に教えてあげてください。

仕事のことを含め、治療に関する悩みや不安を相談できる窓口ですよね。

全国のがん診療連携拠点病院に設置されていて、その病院にかかっていなくても、誰でも無料で利用することができます。

一般の方向けに正確な情報がわかりやすくまとめられている「国立がん研究センターがん情報サービスセンター」HPよりがん相談支援センターのページをご参照ください。

こうした「正しい情報」を得られる情報源を示していただくことも重要な支援だと考えています。

職場復帰に向けた両立支援の鍵をにぎるのは主治医

病院内で腕組みをする医師

入院治療などで一定期間仕事を休んでいたがん患者が職場に戻るときには、主治医を中心とした医療機関側と会社側との連携が重要です。

産業医がしっかり機能している会社であれば、産業医と連携をとればいいのでそれほど苦労はないことでしょう。

しかし多くの職場では産業医は常勤でないため連携が取りづらかったり、産業医が両立支援について明るくなかったり、そもそも産業医がいなかったりします。

その場合両立支援のカギを握るのはやはり主治医の先生方なのです。

どのような視点で何に注意して両立支援に取り組めばいいのか。

ぜひ意識していただきたいのは以下のようなことです。

患者自身の病気の説明力を上げる

がん患者が職場から適切な配慮を受けることができれば、治療と就労の両立が現実的になります。

適切な配慮を職場から受けるのに最も重要なのは、「患者自身が自分の病気について理解して職場に説明できる」ことです。

  • どんな病気なのか
  • どんな治療をするのか
  • 治療期間(見込み)
  • 治療中または治療後に生じる症状(見込み)

少なくともこれらの情報を患者自身が職場に説明できなければ、両立支援の成立は難しいでしょう。

産業医先で実際にがんと診断された従業員と話していると、「ご自身の病気や治療についてどんな説明を受けていますか?」という質問に自発的に回答できる人は多くありません。

確かに説明はされたし聞いたはずなのだけれど、「何がポイントなのか」を理解できていなかったり、忘れてしまっていたりすることはよくあります。

産業医から「この病気でこの治療ならこんな副作用があると言われていませんか?こんなことに気を付ける様に言われていませんか?」と問うて初めて「あぁ、そういえば言われました」と思い出す人が多いように思います。

これでは、産業医のいない職場での両立支援は実現困難と言わざるを得ません。

ですから主治医の先生方には、まず患者自身の「説明力」を上げるためのアプローチをしていただきたいのです。

多くの病院で取り入れられているような、書面を用いた説明は非常に有効です。

職場に伝えるのに必要な情報を書面にまとめて渡していただき、「この紙をもとに職場に説明してください」とお渡しいただけるともっといいでしょう。

当然職場で求められる情報とは病気の機序などといった医学的な内容ではありません。

要配慮個人情報である健康情報を職場に提供するには、本人の同意が必要なことは言うまでもありませんし、提供する情報は最低限にとどめるべきです。

  • どうすれば治療と仕事を両立できるのか
  • 配慮が必要なのはどの程度の期間なのか

このように「職場側が適切な配慮や支援をする」ために必要な情報を患者自身が理解し説明できる力を与えてください。

そのためには何より「わかりやすい説明」が重要なことは言うまでもありません。

治療と就労の両立のために必要な情報をわかりやすく提供すること。

ほとんどの医師はすでに心を砕いていることでしょうが、それでもやはり基礎知識のない非医療職にとってはスムーズな理解は難しいものです。

専門用語を極力使わないことはもちろん、小学校の5年生でもわかるように説明を行い、さらにその内容をあとから見返せるように書面にして渡すこと。

そして患者自身が疑問に思ったときに「後日でも質問しても良い」というメッセージを伝えていただけると、先生方とのコミュニケーションを通じて患者自身の理解は一層深まるのではないでしょうか。

主治医から仕事に関する意見を出す際のポイント

会社は決して個人情報を知りたいわけではないでしょうし、もちろん必要以上に知るべきではありません。

会社側が両立支援のために知りたいことは、主に次のようなことです。

  • 今までと同じように働かせてもいいのかどうか(安全配慮義務について)
  • もし問題があるのならば会社は何をすればいいのか

主治医からの意見のポイントは、この疑問を解消するための必要十分な情報を届けることにあります。

  1. 治療内容(簡単に)
  2. 今後の治療スケジュール
  3. 仕事に影響する可能性のある症状
  4. 配慮したほうがよいこと
  5. 配慮が必要な期間の見込み

両立支援のために診断書や主治医からの意見を求められた際には、上記のポイントについて可能な範囲で情報提供していただけると会社側も本人も助かると思います。

適切な意見を提示するためには職場のことをある程度知っていると助けになります。

患者を通じて仕事のことや会社のことの情報を得ることができれば、より現実的かつ効果的な意見を届けることができます。

会社や患者の仕事内容によっては、同じ病気・同じ治療法でも、必要な支援は変わります。

患者やその職場と連携をとることが、両立支援には不可欠なのです。

平成30年度の診療報酬改定で「療養・就労両立支援指導料(両立支援加算)」が新設されました。

患者の治療と仕事を両立するための情報提供によって診療報酬が得られるという制度ですが、実際はまだあまりうまくいった例は多くないようです。

今後制度がうまく普及していくことに期待したいですね。

最後に

臨床医の先生方が日々目の回るような多忙さのなかで医療に従事していることは、重々承知しています。

それでもこうして「治療と就労の両立支援」についてあれこれと書き連ねてきたのは、先生方のお力がなければ救われない人が大勢いるからです。

先生方の担当する患者全体から見れば、ごく少数に限られた話ではあるでしょう。

しかしその社会的インパクトは大きく、決して無視できるものではありません。

先生方には病を癒す力だけでなく、患者の社会生活という人生を支援するお力もあるのです。

ぜひそのお力を発揮していただきたい。

産業医がもっと大勢あらゆる職場で活躍して、すべての働く人に産業保健を提供できればいいのですが、残念ながら現状はその段階にありません。

過酷といってもいいほどの多忙な医療現場で活躍している先生方が両立支援に携わるにあたって、どうすれば時間的精神的負担を軽減できるのか、というのも今後の課題です。

今後の国の動きにも注目していきたいところです。

ここまでご覧いただきありがとうございました。

がんに限らず、病気を持ちながら働く人が望まない離職をせずにすむような社会が実現することを、願ってやみません。

積み上げた石「がん治療と働くことの両立」
がんと診断されたら?治療と仕事の両立のために知っておきたいこと病気の治療をしながら仕事をしている人はたくさんいます。 病気が「がん」でも生活習慣病でもメンタルヘルス不調でも、仕事と治療を両立するこ...