過重労働

なぜ人は過労死するのか?産業医がみた睡眠の重要性

あなたは普段どのぐらい眠っていますか?

睡眠の重要性については、最近いろいろなところで取り上げられるようになってきました。

しかし、産業医面談などで見聞きする範囲では、まだ睡眠を十分とれているとは言えない人が多いようです。

睡眠不足を放置すると、様々な不調を引き起こしてしまいます。

きちんと睡眠をとることは一次予防という、予防のなかでも特に大切な病気を未然に防ぐことです。

私は産業医として過労死は全てこの世からなくすべきと考えています。

そもそも「仕事のせいで体を壊したりましてや命を失うなんておかしくない?」というところが産業医が生まれた理由の根っこの部分ですしね。

過労死って結局何なんだろう?という人、自分が過重労働しているのかどうか心配な人だけでなく、過労死対策について何をすればいいのかという企業経営者や労務管理責任者にもぜひ読んでいただきたい記事です。

何時間ぐらい寝ればいいのか?

結論からいうと、働く世代の健康な成人なら、7~8時間程度の睡眠時間を目安にするといいでしょう。

成長期の子どもなら当然もっとたっぷり寝るべきです。

ところが、7~8時間寝ましょう、と産業医先の企業で指導したりすると、それでは寝すぎだとかそんなに寝る時間がないだとか、自分には不要だとかいう意見が出てきます。

この現状に、産業医としては危機感を覚えます。

なぜなら、自覚していようがいまいが、睡眠不足はメンタルを含む様々な不調を引き起こしてしまうからです。

病気として現れてしまうこともあれば、集中力低下などによって仕事のパフォーマンスを悪化させてしまうこともあります。

これまで色々な人が睡眠不足によって健康を害されるのを見てきました。

慢性的な睡眠不足の結果、身も心もボロボロになって長い間会社を休む羽目になってしまった人。

会社に迷惑をかけられないと言ってふんばり続けた結果、突然倒れて大騒ぎになり余計会社に迷惑をかける結果となった人。

頭痛などの危険サインが出てきて慌てて生活スタイルを見直した人・・・

皆最初は「大丈夫」って言うんですよね。

でも、大きなイベント(倒れたり、病気を発症したり)を経験した人は全員睡眠の重要性をしこたま思い知らされて、人が変わったかのようになります。

自分自身だけでなく、睡眠の重要性を周囲に熱く語る睡眠伝道師みたいになる人も少なくありません。

そして、睡眠を重視する生活を続けているとある時ふと報告に来てくれたりするのです。

今までの自分は本当の自分ではありませんでした!

どういうことですか?

しっかり寝る様になったら、頭がすごくクリアで新しいアイディアも出るし、仕事がはかどるんです!

それはよかった・・・んですが、これまでどれほど効率の悪い働き方になってしまっていたかと思うともったいない気もしますよね。

睡眠と仕事のパフォーマンスの関係についてはまた別の記事で紹介していきます。

過重労働によって睡眠がうばわれている

睡眠の重要性を表しているひとつの現象が、過労死です。

ヒトは、なぜたくさん働くことで健康を害したり命を失ったりしてしまうのでしょうか?

過労死という言葉は、1970年代ごろから使われるようになったようです。

徐々に問題が広く認識されて法が整えられ、過重労働によって病気になったり死亡したりした場合には労働災害として認定されるようになってきていました。

そして、2015年に大手広告代理店電通の新入社員が過労自殺により亡くなった痛ましい事件を契機に、一気に労働時間に上限を設け、法的に規制される流れとなりました。

過重労働について語られる際に注目を浴びているのは、月当たり80時間100時間といった時間外労働の合計時間です。

しかし、過重労働による健康障害を防ごうとする際に最も重要なのは労働時間ではなく、睡眠時間なのです。

1日は24時間

ここから基本の労働時間8時間昼休憩1時間通勤往復1時間、そして人間らしい生活を送るために不可欠な時間(家事、洗面、入浴、食事、団らんなど)4時間合計14時間を引きます。

すると残りは10時間。

この10時間を睡眠と残業に振り分ける、という計算方法が用いられています。

基本の労働時間 8時間
昼休憩 1時間
通勤(往復) 1時間
生活時間 4時間
上記の合計 14時間

つまり、月当たりの労働日を20日として、毎日5時間残業すると日々の睡眠は5時間、月の残業時間は100時間となります。

睡眠時間5時間レベル以下が毎日続くような働き方だと、1か月で過労死ラインです。

月80時間の時間外労働とは、毎日4時間の残業、6時間睡眠、という計算です。

これが2~6か月以上にわたり続いていれば、過労死ラインです。

長時間働くことは睡眠や余暇といった疲労を回復させるための時間を削ることとイコールです。

働きすぎの人は十分な疲労回復時間を確保できない、という前提に立って過重労働対策は行われています。

労働時間を規制することで本当に目指しているのは睡眠など疲れを癒すための時間の確保なのです。

月45時間の残業でも過労死はありうる

上記の表を見るとわかる通り、採用されている計算方法では、通勤時間は往復で1時間です。

が、ご存じのとおり、東京などの大都市圏では通勤片道1時間はざらですよね。

仮に片道1時間、往復2時間を通勤にかけているとします。

すると、過労死ぎりぎりラインの睡眠6時間を確保するためには残業60時間が限度です。

過労死のリスクについて考える時、何時間残業しているかではなく、何時間睡眠をとれているかを本来考えるべきということがおわかりいただけるでしょう。

実際には、時間外労働が45時間を超えて長くなるにつれて、生じた健康障害に業務との関連性が強まるということが認められています。

睡眠不足の原因が会社の残業だけでなかったとしても、会社の責任を問われるケースは十分考えられます。

月の残業が45時間を超える状態が続いているのならば過労死のリスクはある、と言えるのです。

過労死の正体とは

過重労働ということは睡眠不足の状態である、といいました。

それでは、職場に仮眠室でも作ってそこで寝ていれば、過労死の心配はないといえるでしょうか?

答えはNOです。

なぜなら、過重労働には単なる長時間労働以外も含まれるからです。

たとえば、精神的に特に緊張する仕事、不規則な仕事、拘束時間の長い仕事、出張の多い仕事なども過重労働の労災認定要件に含まれています。

これらはすべて、人間を過剰に疲れさせ、精神的に追い込むものだと言い換えることもできるでしょう。

職場の仮眠室で睡眠をとらされるというのは、拘束時間と考えるのが通常でしょうから、過重労働対策として適しているとは言えません。

睡眠不足特別ストレスのかかる仕事の状況が長く続くと、人間の体が変化していきます。

細かい理屈はわかっていない部分も多いのですが、通常の生活で加齢とともに自然に進行する動脈硬化などに加えて過重労働による疲労がたまって急激に悪化すると言われています

その結果、脳血管疾患(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血、高血圧性脳症)虚血性心疾患等(心筋梗塞、狭心症、心停止、解離性大動脈瘤)が起きます。

これが過労死の正体です

というか、これらの病気であることが過労死として認定される要件として必要です。※メンタル不調は別です

ひらたく言うと、脳や心臓の血管などが詰まったり破れたりしてしまうのです。

運よく命が助かるケースもありますが、重大な後遺症が残る場合も考えられます。

血管が詰まったり破れたりするとき、前兆(まえぶれ)がある場合もありますが、本人も周囲も気づかないままに突然死することも当然あるのです。

もともと高血圧や糖尿病などがあった場合は当然リスクは高まりますが、過重労働がなければそのタイミングで重大な病気にはならなかったかもしれない、というところが重要です。

働きざかりでバリバリ働いていた元気な人が、ある日突然自宅や職場や街なかで倒れてしまう。

過重労働はこんな悲劇をたくさん生んできたのです。

撲滅すべき悪しき慣習のひとつです。

過労自殺は過重労働によるメンタル不調が原因

過労死には大きく二種類あります。

一つが上に挙げた脳血管疾患や虚血性心疾患等といったからだに重大な出来事がおきてしまうもの。

もう一つが、過労自殺です。

ここまで読んで下さった方なら、過重労働とは長期間睡眠を奪われること、ということを理解しているでしょう。

睡眠を強制的に奪われるというのはいわば拷問のようなものです。

からだの中の血管という見えないところにも影響がありますし、こころにとっても重大な問題だと考えられます。

日本では毎年2万人以上の人が自殺で亡くなっています。(平成30年警察庁統計より)

自殺した人の多くは精神疾患があったのではないかと考えられています。

人間にも生存本能があり、自分で自分を死なせるというのは意外と難しいからです。

仕事のせいで十分眠れない状態が続き、精神的ストレスの大きい仕事に追われていると、誰だってメンタルヘルス不調(うつ病、適応障害など)になる可能性があるといえます。

決して他人事ではありません

自殺者には実際に精神科で診断されて治療を受けている場合もあれば、まったく誰もそんな状態だったと気付いていなかった場合もあります。

でも、気づけるタイミング、自殺を防ぐことのできるタイミングはあったのではないか、と残された人は振り返っては後悔するものです。

家族、職場の上司同僚

誰かがおかしいなと気づいて休ませてあげていれば。

産業医面談を受けさせていれば、と。

特に、職場の上司は睡眠を奪った張本人であることも多く、部下の健康管理を怠ることの責任は重大です。

こんな悲しい人生の終わり方は誰だっていやでしょう…?

過重労働対策として何をするべきか

最近の国や世間の動きを受けて、過重労働対策に一層力を入れる企業が増えてきています。

でも、何をすればいいのでしょうか?

目的は「過重労働による健康障害を予防する」ことですよね。

予防の大原則「元から断つ」

対策すべきは、過重労働そのものです。

過重労働の構成要素である

  • 長時間労働
  • 過剰にストレスのかかる仕事

この両方を放置したままで過重労働対策はできません。

二つ目の職場のストレス状況を改善する方法については別の機会に語りたいと思います。

長時間労働をなくそう

仕事が多くないのにいつもだらだら残業しているのは言語道断です。

仕事は終わっていても上司や先輩が残っているために帰ることが出来ないという職場もいまだに見受けられます。

明らかに不必要な残業は、その気になればすぐになくすことが出来るでしょう。

問題は、全員が多忙で疲弊しきっている職場残業の削減を現場に任せっきりの職場の場合です。

職場の誰もが疲れ切っていて、とにかく「目の前の仕事を少しでも片づけること」に一生懸命です。

でも、やってもやっても楽にはなりません。

いつも仕事を持ち帰ったり、休日出勤したりするはめになります。

こんな職場では、現場からの発案で残業を減らしていくことは難しいでしょう。

仕事の効率化を進めてから、などと言っていてはいつまでも残業は減りません。

新しいことをクリアに考える余力はほとんどありませんし、仕事なんてやろうと思えばいくらでもやることがあって、終わりがないからです。

こんなときには強いトップダウンが必要です。

その職場の上司か、それ以上に権限のある誰かが強制的に社員を帰宅させるのです。

もちろん、仕事の持ち帰りはナシです。

最初のうちは「仕事が終わらない」「顧客や他部署に迷惑がかかる」など、現場から不満の声があがることもあるかもしれません。

「残業代がないと生活が苦しい」という意見が出てくるかもしれません。

それをぐっとこらえて、毎日決めた時間に全員で仕事を切り上げて退社する習慣をつけるのです。

これは強い権限のある立場にある人にしか遂行することはできません。

仕事の始業時間だけでなく、退社時間も厳密に守る

言葉にしてみればたったこれだけで、ごく当たり前のようにも思えます。

でも、これが重要なのです。

必然的に優先順位の低い業務はできなくなりますが、それこそが目的です。

本当に必要な仕事だけを切り取って残せるとベストです。

「時間を決める」ことが最も効果的な長時間労働削減の策でしょう。

本質から目をそらさず、覚悟を決めて取り組んでいただきたいものです。

同時に、残業を減らした方が収入が上がるような仕組みや、残業をせずに成果を維持している人の方が長時間残業する人よりも評価されるような仕組みをつくって運用できれば、リバウンドの心配も減るでしょう。

産業医面談だけでは過重労働対策とは言えない

法の定めもあり、一定以上残業した人や希望した人は、産業医の過重労働面談を受けることが出来ます。

会社によっては過去2~6ヶ月平均で残業が月当たり80時間以上の人は全員強制的に産業医面談を受けること、などといった社内規定を設けていることもあります。

産業医面談自体に全く意味がないとは言いませんが、長時間労働の削減が前提でないといけません。

過重労働の該当者が毎月やたらと大量発生するような職場では、どんなに産業医が頑張って面談したところで過重労働による健康障害は防ぎきれないと思っていたほうが良いでしょう。

産業医面談の対象者リストは多くの場合、前月の勤務実績をもとに作成されます。

産業医がそのリストを目にして面談するのは、過重労働発生の1か月以上後になることがほとんど。

過重労働が発生してから産業医面談の間までに何かが起きてしまうリスクは常にあります。

そして、産業医面談といってもできることは限られています。

問診票を使うなどして疲労の蓄積度をはかり、血圧を測り睡眠時間を確認する。

気になる症状(自覚症状)があるかどうかを聞き出します。

メンタル不調の傾向があるかないかも確認事項です。

もちろん、過重労働の原因や仕事の状況、今後の見通しなども必ず確認します。

睡眠時間確保のアドバイスや生活習慣改善の指導をすることもあります。

産業医面談のあとは面談報告書や産業医意見書を会社宛に作成します。

明らかに血圧がものすごく高かったり、頭や胸の痛みがあったり、死にたい気持ちがあったりしたら、本人には即座に病院を受診してもらいますし、会社にはこれ以上働かせないように厳しく要求します。

いつ死んでしまってもおかしくないほど緊急性が高いからです。

緊急性がここまで高くなければ、会社に対しては「月の残業を45時間未満にすること」などと意見するのが精いっぱいです。

個別に体調を観察しながら早めにストップをかけるケースももちろんあります。

本音では全員に残業禁止と言いたいぐらいですが、残業自体は違法ではありませんので、こうした意見を産業医が出しても守られないでしょう。

産業医面談の時には何ともなかった人が突然死したり、自殺を選択してしまったりする可能性は残念ながら十分考えられます。

血圧も自覚症状も問題ない人が面談翌日亡くなるケースだってあるのです。

根本的に残業が減らなければ、過重労働によって大事な社員が健康を害したり命を失ったりするリスク永遠に続きます

面談時のアドバイスなどは時には一次予防的な役割を果たすことがあるかもしれません。

ですが、基本的には産業医面談は二次予防、つまり早期発見によって重症化を防ぐものです。

「元から断つ」ことを忘れないでください。

過重労働対策に取り組もうとするときには、産業医や労働衛生コンサルタントに相談してみるのもお勧めです。

喜んで知恵を出してくれることでしょう。

  • 過重労働で心身の健康障害が起きる理由は睡眠不足
  • 過重労働は長時間労働だけではない。仕事のストレス対策も大事
  • 長時間労働をなくすには強いトップダウンが必要
  • 産業医面談だけで過重労働対策をできると考えてはいけない

※外部リンク※ 「過重労働対策ナビ」


【参考文献】

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