産業医のPOPです。
「治療と就労の両立支援」について語るとき、お金の話を避けては通れません。
病気の治療にはお金がかかるし、働き方を見直さないといけないことも多々あります。
ですが、公的支援制度の認知度は低いし活用度も低いのが現状。
困っている人に必要な情報が十分に届いているとは、残念ながらまだ言えません。
今回の記事では、患者本人はもちろん、その支援者にも知っておいてほしい公的支援制度について解説しています。
両立支援に関する患者本人向けの記事はこちら↓
医療者(特に主治医)向けの記事はこちら↓
公的支援制度は知られていないし、使われていない
まずは公的支援制度の認知度と活用度についての調査結果をご覧ください。
高額療養費制度も、医療費控除も、傷病手当金も、産業医など支援するのが仕事という立場の人間からしたら知っていて当然といえます。
でも実際に働くがん患者には公的支援制度に関する情報が届いていないという現状がわかる調査結果です。
【公的支援制度 認知度ランキング】
第1位:高額療養費制度(88.4%)
第2位:医療費控除(69.1%)
第3位:傷病手当金(44.5%)
※上記調査より抜粋
この結果、どう思いますか?
私は初めて知ったとき驚きました。
傷病手当金を知らないという人が半数以上を占めるなんて。
でも、これが世間一般の認識なのでしょう。
病気になった時のお金のことなど、学校や会社では(ほとんどの場合)誰も教えてはくれません。
人事担当者や産業保健スタッフ経由で知ることのできる人も少数派ということ。
活用度は認知度よりもさらに下がります。
【公的支援 活用度ランキング】
第1位:高額療養費制度(65.4%)
第2位:医療費控除(37.5%)
第3位:傷病手当金(18.0%)
※上記調査より抜粋
もちろん中には「制度の適用外だった」という人もいるでしょう。
しかし、これは推測でしかありませんが、「面倒」「よくわからない」「気が引ける」などの理由で「使えるのに使わなかった」人も少なくないのではないでしょうか?
その人たちは経済的に恵まれているのでしょうか?
私は、ここに大きな壁が立ちはだかっているのだと考えています。
まずは「知らない」人に必要な情報を届けること。
そして「使うことで救われる」人がきちんと制度を活用できること。
情報が行き届き、支援を受けるべき人が迷わず支援を受けられるようになることを願っています。
活用したい公的支援制度
公的支援制度にはどのような制度があるのか、簡単に見ていきましょう。
ここでは働くがん患者が利用できる主な制度だけを取り上げています。
もっと詳しく知りたいという場合や他の制度についても知りたいという方は、国立がん研究センターがん情報センターのHPや、後半でご紹介する書籍「がんになったら知っておきたいお金の話」も併せてご覧ください。
高額療養費制度
先ほどご紹介した調査で最も認知度と活用度が高かったのがこの高額療養費制度。
がん治療などでは保険適用後であっても高額の医療費の支払いが必要になることがあります。
保険適用分に関して、病院や薬局の窓口で支払った月ごとの自己負担分が一定の上限額を超えた場合、払い戻し(支給)を受けることができる制度のことですね。
上限額は収入や年齢によって変わります。
自分の上限額が知りたい場合は厚生労働省の資料(PDFファイル)を参考にしてください。
健康保険組合等への申請が必要です。
また、高額療養費制度の適用による払い戻しには3か月ほどかかることに注意してください。
事前に高額な医療費がかかることが予想される場合には、「限度額適用認定証」を健康保険組合からもらっておくことをお勧めします。
その場合、上限額を超えた支払いを窓口でする必要がなくなります。
医療費控除
年間の医療費(自己負担額)が10万円(※)を超えた場合に所得税控除を受けることができる制度です。
(※)
年間総所得が200万円未満の場、合所得の5%を超えた分の医療費が控除対象。セルフメディケーション制度もありますが今回は触れません。
実際に支払った医療費から保険金などの給付額を引いた金額が10万円(控除ライン)以上であれば、それを超えた部分が控除対象となります。
確定申告が必要となるため面倒に思うかもしれませんが、しっかり活用しましょう。
高額療養費制度でカバーできない保険適用外の費用(入院の部屋代、食事代、通院交通費、市販の医薬品等)についても、疾病治療に必要と認められれば控除対象となります。
どんなものが控除対象になるかは、国税庁HPを参考にしてください。
傷病手当金
今回注目した公的支援制度のうち、最も認知度も活用度も低いのがこの傷病手当金制度。
がんに限らず、病気のせいで仕事を休まないといけない時に活用してほしい制度です。
本人(被保険者)、事業主(会社)、療養担当者(医師、医療機関)の3者がそれぞれ必要事項を記入した申請書を、健康保険組合等の窓口に提出します。
3日以上連続して休業する際に、1日につき給与日額の3分の2が健康保険組合から支給されます。
もちろん、会社の給料と両方もらうことはできません。
有給休暇などを使えるうちは必要ないでしょうが、有休を使い切ってしまった場合や病気休業/休職となる場合には利用を検討しましょう。
通常1年6ヶ月にわたって支給を受けることができます。
特にがんなど長期間の療養が必要となる場合には、しっかり回復してまた職場に戻るためにも活用していただきたいものです。
日ごろ支払っている保険料は、こういうところにも使われているのですね。
保険は基本的には「お互い様」精神で成り立っていますから、利用することを後ろめたく思う必要はありませんよ。
お勧め書籍「がんになったら知っておきたいお金の話」
2019年1月初版の書籍「がんになったら知っておきたいお金の話」。
看護師経験者かつファイナンシャルプランナー(FP)という稀有な存在である、黒田ちはる氏の著作です。
私は産業医という立場上、どうしても「会社に雇われて働く人」の支援ばかりに注目してしまいますが、黒田氏は違います。
この本で黒田氏は様々な立場の人を対象として、現実的かつ切実な「お金の悩み」を解決する知恵を提供してくれています。
今回私が取り上げた公的支援制度の他にも、FPならではの家計の話が盛りだくさん。
もちろん職場や家庭の状況、加入している民間保険、収入、年齢、病気の状態などによって、お金の悩みどころと解決策は一人ひとり違います。
それでも、まず全体像を把握することはお金の戦略をたてるうえで役に立つのではないでしょうか。
「NPO法人がんと暮らしを考える会」の存在もこの本を読んではじめて知りました。
仕事のことやお金のことなど、相談先がなくて困っているがん患者さんの助けになってくれるかもしれません。
もちろんがん診療連携拠点病院のがん相談支援センターでも、誰でも無料でお金のことを含めて相談をすることができますよ。
公的支援制度を利用しましょう!
今回は病気の中でも「がん」に特化したデータを示して公的支援制度について解説しました。
「がん」以外の病気でももちろん公的支援制度を利用することができます。
お金に関して公的支援を受けることを「恥ずかしい」とか「迷惑をかけたくない」などと考える人もいるようですが、困ったときはお互い様です。
経済的に苦しくなってしまうと、治療の継続や生活の維持も難しくなる可能性があります。
いずれの制度も申請から支給まである程度時間がかかることが多いので、「ギリギリまで耐えてから申請しよう」などとは考えないで、早め早めに相談して制度を活用してくださいね。