病気の治療をしながら仕事をしている人はたくさんいます。
病気が「がん」でも生活習慣病でもメンタルヘルス不調でも、仕事と治療を両立することは可能です。
しかし、こと「がん」に限って言えば、病気が診断されてすぐに仕事を辞めてしまう人が少なくなりません。
「がん」という宣告を受けることは、多くの人にとってショックを受ける出来事です。
でも、もはや「がん」は不治の病ではありません。
長年にわたって付き合っていく、いわば慢性疾患と考えた方がいいケースが増えてきています。
もちろん、がんのタイプや進行の程度によって違いますが、医療の進歩によって「がん」と診断された後も人生が長く続くことが増えているのです。
あなたが「がん」と診断されたら?
家族が「がん」と診断されたら?
何をすべきで、何をすべきでないでしょうか。
ここでは、「がん」の治療と仕事を両立していくためのヒントをお伝えしていきます。
働くがん患者やその家族だけでなく、将来「がん」になったときのために「役立つ知識を知っておきたい」という働く人に読んでもらいたい記事です。
臨床医や産業医、事業者向けにはそれぞれ別の記事を作成する予定です。
目次
働く世代も「がん」になる
日本において1年間で「がん」と診断される人は約100万人。
2016年以降2018年予測まで3年連続で100万人を超えています。(国立研究開発法人国立がん研究所の統計予測より)
そのうち、20~64歳の人は約30%。
がん患者のおよそ3人に1人は働く世代です。
生活習慣に気を付けたりワクチンを接種したりすることで、がんのリスクを下げることはできます。
でもどんなに努力してもリスクをゼロにはできません。
「がん」を完全に予防する方法は今のところ見つかっていないため、誰でも「がん」になる可能性があるのです。
国立がん研究センターがん情報センターHPより、「がん」と診断される人の年代別男女別グラフをご紹介します。
グラフ中の黒字は2012年の男性のがん罹患者数。
赤字は2012年の女性のがん罹患者数です。
50代半ばまでの若い世代では、男性よりも女性の方が「がん」と診断される人が多いことがわかります。
男性は50代ごろから急激に「がん」となる人が増えてきます。
働きながらがん治療のために通院している人は全国に32.5万人います。(平成22年国民生活基礎調査をもとに厚生労働省健康局が特別集計したデータより)
がん検診や会社の健診がきっかけでみつかることもあるでしょう。
何か気になる症状があって病院に行ったら「がん」だった、ということもあるでしょう。
若い世代のがんは、仕事にも家庭生活にも、とても大きな影響を与えます。
子どもがまだ小さかったり、これから仕事で活躍していこうというタイミングだったり。
がん患者全体から見れば、働く世代のがん患者は少数派です。
圧倒的に高齢者が多いのは他の多くの病気と同じ。
そのため身近な人が実際「がん」になったりするまでは、なかなか現実のこととして捉えることが難しいこともありますよね。
でもここで、いざ自分の身に起きたら、という視点で考えてみてほしいのです。
病気はこちらの都合などおかまいなしですから、「何でこんな時に」と思うようなタイミングでも容赦なくやってきます。
まだまだ現役で働けるし、働きたい。
あるいは働かないといけない。
そんなとき「がん」と診断されたら、仕事はどうしたらいいでしょうか?
「がん」で仕事をやめている人が多い
まずは下のグラフをご覧ください。
仕事を持つ人が「がん」と診断されたとき、34.7%もの人が仕事を辞めています。
このうち、解雇されたケースは12%ほど。
仕事を辞めた人のうち、88%は依願退職(自分から願い出て仕事を辞めること)です。
この調査が行われたのは平成26年(2014年)。
その10年前、平成16年(2004年)にも同じ調査が行われているのですが、なんと結果はその時とほぼ変わっていません。
10年もの間、がん患者と仕事の関係性は変わっていない。
一方、がんの診断技術や治療については、10年もたてば新しいものが出てきます。
実際がんの治療は目を見張るほどの進歩を続けていて、がん患者の生存率はどんどんあがってきています。
現代の医学では、がんが早期に見つかれば、たいていの場合は治療可能です。
それなのに、なぜ仕事を辞めるのでしょうか?
様々な調査によれば、必ずしもがんが進行しているからというわけではないのです。
がん患者が仕事をやめる理由
がん患者が仕事を辞めた理由について調べた調査があります。
【がん患者が仕事をやめた理由】
1位:治療・療養に専念するため(53.1%)
2位:体力的に継続して就労が困難(45.4%)
3位:周囲に迷惑をかけたくない(34.6%)
4位:職場にいづらくなった(17.7%)
5位:職場から勧められた(15.4%)
(平成26年東京都保健福祉局「がん患者の就労等に関する実態調査」より)
この東京都の調査ではがんと診断されて仕事をやめた人は21.3%。
最初の円グラフでは34.7%でしたから、地域差があるのでしょう。
さて、この理由を見てどう感じるでしょうか。
元々仕事なんてやめたくてたまらなくて、そんな時にたまたま「がん」が見つかったからやめる口実にした、というのであればいいのです。
それもまた人生ですし、個人の選択の自由ですよね。
問題は
- 本当は仕事を辞めたくはなかった
- 不安に駆られて退職したものの、実際は退職までは必要なかった
- 勢いで退職してしまって、経済的に苦しくなってしまった
- 周囲のサポートが少しでもあれば辞めずに済んだ
こんなケースが少なくないことです。
同保健局の調査では、仕事を辞めた人のうち67.7%が仕事を続けることを希望していました。
仕事を続けたい理由は家計の維持(72.5%)や生きがい(57.4%)のためなど。
今やがんは長期間にわたって付き合っていく必要のある病気です。
がんと診断されたあとも生活は続きます。
人によっては何年も、何十年も。
まずは「望まない離職」を避けるために何ができるのか、考えなければなりません。
がん患者はいつ仕事を辞めているのか
仕事を実際に辞めた人のうち、40.2%もの人が診断されてから治療が始まるまでの間にやめています。(厚労科研高橋班2015「離職タイミング多施設調査」より)
これは進行がんの人に限ったことではありません。
ごく早期のがん患者であっても、上記のような理由で仕事を辞めてしまっているのです。
何という損失でしょうか。
ですから、もしあなたやあなたの身近な人が「がん」と診断された時のために、まずは一つだけ胸に刻んでおいてほしいことがあります。
今すぐに仕事を辞める必要はない!
もし色々両立の方法を模索してもうまくいかなければその時に辞める、ということでも遅くはありません。
がんと診断されたその瞬間、多くの人はショックを受けることでしょう。
表面上は冷静を装っていても、内心動揺していたり、不安でたまらなくなったりすることが多いのではないでしょうか。
頭が真っ白になって、主治医の病状や治療方針の説明すら耳に入ってこない場合もあるでしょう。
そんな状態で、「退職」という大きな決断をすること自体がまずお勧めできません。
まずは有給休暇や病気休業といった手段で休みを確保しつつ、実際に治療が進んでいくなかで仕事との両立について考えたって、遅くはないのです。
この記事でご紹介する色々なデータは忘れたってかまいません。
ただ一つだけ、「がんと診断されたからといって早まって仕事を辞めないこと」を覚えておいてください。
企業には両立支援に取り組む理由がある
がん患者が仕事を辞めた理由に「周囲に迷惑をかけたくない」というものがありました。
がん患者が働くことは迷惑でしょうか?
私はそうは思いません。
生活習慣病患者が働くことも、障害者が働くことも、介護や育児をする人が働くことも、自由に許される社会であるべきです。
がん患者だって同じですよね。
さらに、企業には「治療と就労の両立支援」に取り組む理由があるのです。
平成28年には企業向けに「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」が好評されました。
同じ年、「がん対策基本法」が改正され、「事業者の責務」として「労働者ががんになっても雇用継続に向けた配慮をすること」が求められるようになりました。
働く側からすると権利であり、雇う側からすると責務です。
どんな病気になっても、働きたい人が働くことができるように、国も動いています。
「迷惑なんじゃないか」と先走って辞める必要はありません。
大事なのは、がんになった人自身が「どうしたいのか」です。
仕事と治療を両立するためにどうすればいいのか
ただでさえ少子高齢化で働き手が不足するのがわかっているこの国。
たとえ「がん」という病気があっても働きたい人が働けるように、国も色々頑張っています。
法が整備されたり、ガイドラインができたり。
我々産業医の業界でも、「治療と就労の両立支援」はここ数年非常に大きなトレンド。
今後この流れは加速するばかりで、止まることはないでしょう。
「がん」に限らず、病気があっても働くことは可能です。
働く意欲のある人、働きたい人が働けるように。
少しの支援さえ受けられれば働ける人、辞めずに済む人がたくさんいます。
では実際にどうすれば治療と仕事を両立していけるのか、見ていきましょう。
がん患者が仕事をする上で困ったこと
「がん」と診断されて治療を受けていても、ほとんど症状のないことも多いです。
日ごろ「がん」に縁のない人からすると意外に思うかもしれません。
がんの発生した場所やがんのタイプ、進行の程度によっても違いますが、多くの場合困るのは「見た目ではわからない症状」のようです。
- とにかくだるい
- 疲れやすい
- 気分の落ち込み
- 記憶力・集中力の低下
このような見ただけはわかりづらく説明しづらい症状に困っている人が多いことを示した調査があります。
この後には「吐き気」「脱毛」「下痢」「視力低下」「手術部位の痛み」などが続きます。
多くは「がんそのもの」ではなく治療による合併症や副作用で起きている症状です。
仕事をする能力自体が落ちてしまうわけではないため、ちょっとした工夫や配慮で十分活躍することができるのです。
ただ、「見た目にはわかりにくい」という点がくせ者。
じっとつらさに耐えているだけでは、適切な支援を受けるのは難しいでしょう。
支援を受けるために心がけたいこと
がん患者自身の言葉で、病気や症状、働き方について説明できることが重要です。
もちろん職場に病気というプライバシーを知られたくない場合に、無理に説明する必要はありません。
ただ、職場側が「よくわからない」状態のままでは、十分な配慮や支援を受けられない可能性が高いでしょう。
今後も続いていく人生を長い目で見れば、職場からの支援は受けられるのなら受けておいた方が得策といえます。
配慮や支援の不足によって仕事との両立ができなくなり「離職」となったときのことまで想像してみてください。
家計のこと、生きがいのこと。
何も病気のことをすべて職場に伝える必要はないのです。
配慮や支援を受けるために職場に伝えておきたいこととは、以下のようなものです。
- 働くうえでどんな症状がつらいのか
- どんな仕事ならできるのか
- どの程度働けるのか
- どんなことが難しいのか
- どれぐらいの期間配慮や支援が必要になりそうか
職場に伝えてほしい情報とは、職場側が「配慮や支援をするために必要な情報」です。
これらの情報をきちんと伝えられれば、適切な支援を受けられる可能性がぐっと高まります。
特に、「どんなことが」「どれぐらい」できるのかというのは非常に重要な情報です。
自分自身だけでは配慮期間などはわからないでしょうから、当然主治医とよく相談する必要があります。
最終的に当初の予測からはずれた結果となってもいいのです。
それでも現時点での予測を共有することで、職場側はよりリアルに考えられるようになります。
繰り返しますが、「配慮・支援を受けるだなんて会社に迷惑をかけられない、かけたくない」という考えは一旦置いておいてください。
今後病気を持ちながら働く人はもっと増えると考えられるため、いずれ企業は対応せざるを得ないのです。
もしあなたが職場で両立支援を受ける第一号なのだとしたら、あとに続く人たちのためにもぜひ支援を求めてください。
まずは職場としっかり話し合うことから始まります。
具体的な支援策の例
本人の困っている症状、会社や仕事の内容によって最適な支援策は異なります。
そのためここではごく一般的な対策の例をお示しします。
- 休憩場所(ソファなど)を用意する
- 休憩時間をとれるように業務を調整する
- 通勤時間を柔軟にする(フレックスタイム制など)
- 立ち仕事でも座れるようにする(配置転換含む)
- 有給休暇を半日単位や時間単位でとれるようにする
だるさや疲れやすさなどの症状に対する支援だけでなく、通院しやすい環境づくりも重要な支援です。
がんの治療方法によっては毎日のように頻繁に数時間ずつ通院が必要になったりします。
半日や数時間単位で有休をとれれば、長期休業や離職を避けられる人がいるでしょう。
現在国を挙げて進められている「働き方改革」では、こうした「誰もが働きやすい職場」を目指した制度設計なども期待されています。
病気の治療だけではありません。
育児、介護、副業、趣味、再教育・・・働く人が「本業の仕事のこと」だけ考えて仕事人生を過ごす時代はすでに終わりを迎えつつあるのではないでしょうか。
いかに働きやすい職場をつくっていくか。
いま企業が直面している大きな課題です。
現実に「柔軟な働き方のための制度」を必要とする人が声をあげないと、必要性を感じられないという会社も少なくありません。
多くの人(会社)にとっては、目の前にない(と思っている)問題について考えるのは難しいことです。
ですから今の職場にフレックスタイムなどの制度がないからといって諦めるのではなく、まずは「こんな制度があれば働ける」と相談してみてはどうでしょうか。
もしかしたら同じ職場に同じように困っている人もいるかもしれません。
最後に:両立支援は本人の希望が第一
日本の働くがん患者をとりまく現状について、データと共に解説してきました。
支援策も色々あるのですが、何より大切なのは「本人の意思」です。
働きたくない人に無理に仕事をさせるのではない、というのは言うまでもありません。
- どのように働きたいのか
- どんなことが辛いのか
- どんな仕事・働き方ならできるのか
- どんなことを避けたいのか
- どんな支援があるといいのか
こんなことを、患者自身が理解して職場に配慮を求めるのが一番です。
これが欠けていると、多くの職場では「過剰配慮」または「支援ゼロ」になりがち。
「よくわからないこと」は誰しも不安で避けたいもの。
そうすると「働かせられない」「支援できない」となってしまいます。
患者自身の言葉で職場に説明できることが、両立支援の一番の秘訣かもしれません。
働くがん患者を支えるために様々な制度ができつつあります。
まずは正しい情報を得て、主治医や職場に希望を話してみてください。
たとえ病気があっても、働きたい人が働ける、希望を持って生きていける社会となることを願っています。